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学園祭の悪夢


 学園祭初日、他の連中がクラスの出し物である喫茶店の最終準備をしているのを尻目に、オレは目の前にある鏡を見て大きく溜息をついた。
 そんなオレの様子をよそに、莉緒はオレの髪の毛を整えながら、どこかうっとりとした口調で

「綺麗ですよ。夷月。」

とそんなことを呟いていた。
 鏡に映っているのは、肩まで掛かるストレートの髪を整える莉緒と久遠が着ているのとは多少形が違うが、まごう事なきメイド服を着ているオレ自身の姿だった。
 その横では白兎がオレと同じメイド服を着せられて、共に既にメイド服に着替えた玲亜とちまりの着せ替え人形と化していた。

「白兎君かわいぃ。」

「白兎かわいぃ。」

 そんな二人の言葉に白兎は泣きそうな顔でがっくりとうなだれてしまった。




 事の起こりは2週間前のLHRの時間だった。
 その日は間近に迫った学園祭に向けて、クラスの出し物の内容を決めるための会議が開かれていた。
 議事自体は順調に進み、出し物としては喫茶店が選択された。
 問題はその喫茶店の制服を何にするかに議題が移ってからだった。
 男子の誰か--既に名前も忘れてしまったが--が、男子はタキシード、女子はメイド服などと口走ってしまってから、クラス全体が男子と女子に別れて熾烈な口論に発展してしまった。
 結果的には凛が言い出した白兎にもメイド服を着せることを条件に--最初の条件は男子の誰か一人だったが--女子のメイド服を受け入れていた。
 それから数日後、放課後の被服室で莉緒や玲亜、ちまりが仮縫いまで進んだ試作品のメイド服を白兎に着せていた。
 おれは何も試作品の試着をわざわざ白兎でする必要があるのか疑問に思いながらそれを眺めていた。
 今この部屋にいる最後の一人で、オレと同じように横で見ていた凛がその白兎の姿に意地の悪そうな笑みを見せてから、莉緒の側まで行ってなにやら耳打ちをしていた。
 莉緒はその内容に一瞬驚いたような表情を見せていたが、ちらりとオレの方を窺って暫くしてなにやら考えていたが、やがて何かに納得したように両手を合わせながら、オレのほうに寄ってきて

「夷月も白兎さんの服を着てみませんか?」

などと問いかけてきた。
 オレはその言葉の内容に思わず暫く硬直してしまった。
 そんなオレの様子を気にすることなく莉緒は玲亜とちまりの方に戻っていきなにやら二人と話し始めてしまった。
 オレが正気にもどっと時には既に周りを試作品を持った莉緒、玲亜、ちまり、凛の四人に囲まれ逃げ場がなかった。(ちなみに白兎は向こうで体操服姿のまま放心していたらしい。)

「さあ、夷月着替えましょうね。」

「ちょっと待て、オレは厭だぞそんな恰好は!!」

「夷月ぃ〜諦めた方が良いよ。」

「てめぇ何いいやがる。」

「夷月くん。さあ、お着替えましょうね。」

 横からそんなことを言ってくる凛をオレはにらみつけたが、凛は何事もなかったかのように受け流しやがった。

「夷月、着てくれないんですか?」

 そうこうしているうちに、莉緒がオレの正面から上目遣いでこう尋ねてきた。
 暫く間、瞳が潤んできた莉緒と見つめ合っていたが結局、オレがその莉緒の気迫に圧されて瞳を反らせてしまった。
 そんなオレを見て

「さあ、夷月 私が手伝いますので着替えましょうね。」

といってきたので、もう諦めてうなずくしかなかった。




 オレが暫しそんな回想にふけっていると、どこからか凛が現れて

「夷月ちゃんも白兎ちゃんも、とっても綺麗よ。」

といいやがった。
 オレが凛をにらみつけると

「夷月ちゃん、可愛い女の子がそんな顔をしちゃだめよ。笑って笑って。」

「そうですよ夷月。女の子はいつでも笑顔で居ないとだめですよ。」

「莉緒ちょっと待て、オレは男だ。それに凛、何で人のことをちゃん付けでなんか呼ぶんだよ。」

「その恰好で夷月くんじゃおかしいじゃないの。」

「そうですよ、夷月。今の夷月はどこから見ても立派な女の子じゃないですか。」

「分かった?分かったのなら話し方もなおしましょうね。夷月ちゃん。」

「誰が女言葉なんか話すか。」

「何言っているの。カツラを被って眼鏡も普段と違う物に変えて変装して居るんだから、そこまでやらなきゃ意味無いじゃない。ねぇ、りっちゃん。」

「はい。」

二人にそう言われて、もう諦めるしかなかった。

「分かりました。」

 オレはまた一つ溜息をついてから、声音を少し変えて莉緒の口調を意識してそう返事をした。そのオレの返事を聞いていた二人は一瞬何か戸惑ったような反応を見せた。
 それでも凛はそんなオレの様子ににっやと人の悪い笑みを浮かべて、オレから離れて白兎の方に向かっていった。




「おーい、白兎。準備は出来たか?」

 雄基がそんなことを言いながら白兎の着替え用に割り当てられた部屋に姿を見せたのはそれから少したってからのことだった。
 雄基はまず白兎を見て

「おぉ白兎、似合っているじゃねぇか。」

「雄基やめてよ。」

等と軽口を叩き合っていたが、ふとオレの方に視線を向けてきた。
 そして、

「おい、白兎。そこにいる美人は誰だ?」

と白兎に尋ねた。
 その問いかけに白兎が答えるよりも早く横から凛が答えていた。

「あぁ、この娘は白兎君の親戚に当たる人で・・・」

 オレはその凛の言葉に重ねるように、

「初めまして東雲 皐月(しののめ さつき)と申します。」

そう名乗っていた。そのオレの自己紹介を聞いてた莉緒たちは唖然とした表情を見せていたが、雄基はそれに気が付かなかったようで白兎に対して

「白兎、こんな可愛い親戚が居たのに何故今まで紹介してくれなかったんだ!!」

と詰め寄っていた。
 白兎は未だオレの言葉に呆然としていて答えられそうになかったので、代わりにオレが答えてやった。

「白兎さんをあまり責めないであげてください。私自身最近まで親の都合もあって頻繁に遊びには来られなかったので紹介する機会もありませんでしたから。」

「いや皐月さんは悪くありませんよ。悪いのはこいつですから。」

 雄基はそういいながら白兎の頭を軽く小突いていた。白兎はようやく自分を取り戻したようでまた軽口をたたき始めた。

「皐月さんも言っていたように今まではそんな機会がなかったんだから諦めてよ。」

「それでも、身内に可愛い娘がいることさえ口にして事無かったじゃねぇかよ。」

「そんなこと言われても、皐月さんと最後に合ったのはもう何年も前だったから仕方がないでしょ。」

「うーん、それでも納得いかねぇ。」

 そんな二人を無視したかのように凛が号令をかけた。

「さあ、お馬鹿二人は放っておいてそろそろ教室に帰りましょう。」




 準備を整えて教室に向かうオレたちは何故か周りの視線を集めまくっていた。
 白兎はその視線に耐えられず、俯いて玲亜とちまりに両手を引かれたまま先頭を歩く凛と雄基に続いていた、オレと莉緒はそんな白兎達の後ろを少し離れて歩いていた。

「しかし、何故こうも視線を集めるかな。」

「皐月さん、口調が元に戻っていますよ。それにこんな可愛い皐月さんが居るのですもの視線を集めるのは当然ですわ。」

「どちらかというとメイド服が原因のような気もするけれど。」

「そんなことはありませんわ。そう思うのでしたら今度は、ここの制服を着てみてください。」

「ごめんなさい。流石にそれは勘弁してください。」

「残念です。」

 莉緒とそんな話をしていると既に白兎達は教室に入っていってしまったらしく教室内では奇妙なざわめきが起きていた。その喧噪にオレが思わず足を止めると、莉緒がすかさず

「さあ、皐月さん行きましょう。」

そう言って、オレの手を引いてそのまま教室に入っていった。
 教室の中では既に白兎が女子連中に囲まれて品評会が開かれている様子だった。男子はそんな白兎を遠巻きに見て、哀れむような羨むような微妙な視線を向けていた。
 そんな状態の教室にオレ達が入っていった。最初にオレ達に気が付いたらしい男子連中が息を飲んだのが分かった。女子達はそんな男子のおかしな様子で初めてオレ達に気が付いたらしくこちらを見て何か聞きたそうな視線を莉緒に向けていた。
 そんな教室の雰囲気に気が付いたらしい凛が手を叩きながら、

「はーい、注目。彼女は白兎くんの親戚で東雲 皐月さんです。今日は夷月くんの代理としてウエイトレスをして貰いますのでみんなよろしくね。」

と、紹介したのでオレはそれに合わせて自己紹介を始めた。

「初めまして南雲君の従姉妹で東雲 皐月と申します。今日は夷月君の代わりとして手伝わせていただきますのでよろしくお願いします。」

 そういってオレは軽くお辞儀をした。顔を上げるとそこには感動に打ち震える野郎どもと好奇心で瞳を輝かせている女子の姿があった。
 あっという間に白兎を包んでいた女子の和がちまりと玲亜を残して崩れて、オレと莉緒の周りに人集りが出来てしまった。
 次々と浴びせかけられてくる質問に、莉緒にフォローして貰いつつオレは何とか無難な答えを返していた。
 そんなオレ達の様子にしびれを切らしたちまりが

「さぁ、みんな。準備の続きをしましょう。」

と、仕切ったことでようやくオレ達に周りの人集りがほどけた。




 出店の喫茶店はなかなか出足が好調で行列にはならないけれど、ほぼ空席もないような状態だった。
 オレと莉緒は午前のシフトだったので、開店の10時過ぎから他のウエイトレス達と忙しく教室内で給仕をこなしていた。途中で何度かナンパもされたがそこは丁重に--場合によっては雄基達などの男子生徒の手により強制的に--お引き取りをいただいた事もあった。莉緒はそんなオレの様子に何事か言いたそうにしていたけれど、莉緒自身も何度か客の男性から声を掛けられていたのでそこはお互い様だろう。




 ふと教室の入り口を見ると、次のお客さんが来たようだった。
 莉緒を含めた他のウエイトレス達はそれぞれお客の相手に忙しく動き回っていたので、オレは一人で入り口まで行って新しい客を迎えた。

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

 オレがそう挨拶して軽く下げていた頭を上げたときに、オレの目の前にいたのは先輩だった。
 オレはその事実に思わず硬直していると先輩が、

「えぇそうです。」

そう答えたので、反射的に

「それではこちらの席でお願いします。」

と空席に先輩を案内した。

「ご注文が決まりましたら声を掛けてください。」

 オレはそう言ってそのまま離脱しようとしたのだが、身を翻すよりも早く先輩が

「あのすいません。南雲君がウエイターをしているって聞いていたのですがお願いしてもいいですか?」

とオレに聞いてきていた。
 オレは内心安堵の溜息をつきながら、

「すいません。夷月君はエスケープしてしまって居ないんですよ。」

そう苦笑いしながら答えた。
 そのオレの回答に何か気になることでもあったのか、先輩は少し眉をひそめながら

「どうして私が南雲君って尋ねたのに、すぐに夷月君の名前が出てきたのかしら?」

そう呟いていた。
 オレはその言葉を聞いて思わず冷や汗を背筋に流しながら、再度ここを離れようとしたが、今度は後ろから莉緒が

「円華さん、いらっしゃいませ。」

そう言ってお冷やを先輩の前に置いた。

「あら、莉織さん。そのメイド服すごく似合ってますよ。」

「ありがとうございます。」

 そんな風に二人で話し始めてしまったので、オレはここを離れるタイミングを逸したことに気が付いた。

「でも残念ね。そんなに可愛い姿を夷月君に見てもらえないんじゃ。」

「えっ。」

 莉緒は思わず俺を振り返って、慌てて先輩に向き直った。

「彼女に聞いたわよ。夷月君エスケープしちゃったんだって?」

「えっ、えぇ。」

 莉緒は戸惑ったように曖昧にそう返事をした。
 先輩はその莉織の返事に何か納得したように、一度小さく頷いてオレの方に向きなをって尋ねてきた。

「えっと、注文の前に一つ聞きたいことがあるのだけれどいいかしら?」

「はい、私に答えられることでしたら。」

「ありがとう。それじゃあ、あなたの休憩時間って何時ぐらいになります?」

 オレは何故そんなことを聞くか分からなかったので

「もう少しで今日のシフトは終わりです。」

 先輩はその俺の答えを聞いて、にっこり微笑んで爆弾を投下してきた。

「そう。さてそれでは注文ですが、あなたをTakeOutでお願いね。」

「えっ?」

 その言葉に、オレが思わず間の抜けた返事をしてしまった。

「ですから、あなたをお持ち帰りでお願いね。」

 再度先輩はそう言って席を立ち、自分の腕にオレの右腕を抱え込んで出口に向かって歩み出した。
 オレは呆然としたまま、先輩に引かれるにまかせて出口近くまで来ていた。その左腕に突然重みを覚えて正気に戻った。

「円華さん、ウエイトレスのお持ち帰りは出来ません。皐月さんも正気に戻ってください。」

「あら、そんなことを言ってもいいの?」

 先輩は莉緒の言葉にそう答えてオレと莉緒の耳元に口を寄せて小声でこういった。

「彼女が夷月君だとここで言ってもいいのかな?」

 その言葉でオレ達はもう何も言えなくなってしまった。
 結局そのまま先輩に腕を組まれたまま教室からお持ち帰りされてしまった。
 左手を握りしめる莉緒をつれたままで。


[Fin]

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